起業の人事の8つのポイント/人事雇用【1】

起業を考える際、単身フリーランスより規模が大きなものを想定すると、必ず採用や人事ということが大きなポイントになる。起業の格言の中には「何をするか」よりも「誰とするか」の方が重要であるといったアドバイスもある。これは人事雇用の重要さを誇張した表現だと思うが、確かに優秀なメンバーが集まって機能的なチームを組めば「何をするか」はあとからついて来るというケースも多いと思う。

そんなドリームチームを組んで、チームワークもバッチリという起業ができれば、それは幸いだが、優秀な人材は一般には給与も高く、最初から大きな資本を集めてくるか、もしくは超速攻で収益化をしないと、凄い勢いで資本を食いつぶすので、それはそれで難しいという面もある。

他にも、バランス良くドリームチームを構成するような人材を集めることがそもそも難しいということもあり、普通は「何をするかを決めてやり始める」→「収益+資本の許す範囲でメンバーを増強」という流れになると思う。

そして、とくに起業に限らなくても、経営者側・従業員側のいずれの立場から見ても、採用・教育・職務内容・ポジション・給与・福利厚生・勤務地などの人事関連の事項というのは、どれも大変重要な位置づけのものが多い。

「人事・雇用」については、時事的に話題になっていることも多いので、何回かのエントリーに分けて、いろいろと書いてみたいと思う。



起業する想定で「人事・雇用」を考える場合、就業経験がある人から見ると戸惑うこともあれば、単に逆の立場で考えればいいということもあると思う。マネージャや役員の経験がある方だと感覚を掴んでいる方も多いと思うが、学生の方や若い方だと、誰も教えてくれないし、イメージも沸かないかもしれないので、何かの参考になればと思い、当たり前のことも含めて、説明してみようと思う。

1.人の基礎能力はいろいろ

これは起業に限らず企業一般に言える話だが、「仕事上の能力×集中して働く労働時間」のアウトプットというのは、各個人の基礎能力としての幅が大きく、成長余地という意味も含めて、個人差が大きい。「集中して働く労働時間」が超過勤務にまで広がるのは職場としては褒められた環境ではないが、ここぞというところでの馬力と持続力の違いも、人材価値を大きく左右する要素だと思う。

不遇な環境にいる超優秀な人材を見つけてきて採用し、モチベーションが維持できる環境を作ることができれば、そのエース1人によって起業の成否が決まるようなことは十分ありえるだろう。

また逆に、不平不満を言い、チームワークを乱す1人のために、失敗したケースだってあると思う。

そこまで影響が大きいケースは稀だとしても、報酬面との対比も含めて、より優秀かつパワーがあり、成長余地も大きい人材を確保するというのは、経営要素としてはかなり優先度が高い重要事項だ。

2.相応の価値があるリソースを買えるとは限らない

経営者目線で考えた際に、「人事・雇用」の第2のポイントは、お金を払ったとしても、相応の価値があるリソースを買えるとは限らないという点にあると思う。全く同じ人というのは存在しないし、逆に就業する人から見ても、同じ会社・同じ職というのは存在しない。1つ1つがどれも違うから、単純に値段だけで売買ができず、双方の合意が取りづらいから契約が成立しにくいという面がある。

そして、1人の人間がいてフルタイムの職は1つだけ。その時々において、本気で転職を考えている人はそんなに高い比率ではいないので、そもそも流通量が多くないのだ。さらに技術・デザイン・営業・経理などスペシャリティーは多岐に渡るし、金融・流通・製造・医療・サービスとかの業種経験まで考え出すとキリがない。さらに就業するロケーション希望とのマッチングという面もある。

その上、個人の仕事上の能力というのは面接や試験ではそう簡単には判別できない。そんなわけで、求めているポジションの求人広告とかを出して、ピッタリの人が、想定範囲の金額も給与で、タイミング良く雇えるというのは、もの凄いラッキーが重ならないと実現しない。

そして、最も注意が必要なのが、起業したばっかりの将来どうなるか分からない会社に就職してくれる人は、極めて限られるということだと思う。

3.知人を頼って人を集めることが重要

3つ目は、2の裏返し。「縁故入社」という言葉があるが、一般に言う「縁故入社」の労使逆バージョンを常に意識する必要があるということだ。創業初期だとバイトや事務職であっても、全く繋がりがない人を雇うのは結構苦労する可能性が高いと思う。全くの無名企業、それもおそらく事務所や福利厚生にもあまりお金をかけられず、経営者の貫禄や管理能力も足りなければ、従業員の人数も少なく、結果として狭くて濃い人間関係。これだと優秀な一見さんはなかなか来ないので、時給面で優遇するとか、YouTubeの受付嬢じゃないけどストックオプションの活用も考慮した方がいいかもしれない。もちろん、世間で評判で、将来性があるというようなイメージを確立できれば、人は来るかもしれないが、そこが最初から狙ってできるのであれば誰も苦労しない。

というわけで、やはり求人という意味では、一番は知り合いの線を頼ることだろう。人脈というと、大企業の役員さんとかエライさんのことばかり考える人も多いようだが、ローカルエリアで幅広い人脈を持っているということも重要だと思う。

4.魅力のある職場を作る

これは3の続きになるが、起業したての小さな会社は、何も工夫をしなければ働く環境として劣悪になってしまうことが多い。そこで、大企業だと規律の面や、部署間の不公平の問題、さらには大人数かつ多様な全社員の平均的な欲求を満たさなければいけないために難しいようなアイディアを実現して、何か尖がった魅力のある職場を作るのがいいだろう。

具体的には、はてなさんの卓球台になる会議机や、ワイキューブさんのビリアード台とか全員が女性の不動産会社とか、開発チームが宮崎シーガイアへ合宿に行くとか、いろいろあると思う。

そこまで奇をてらう必要はないかもしれないが、他にも各自月に5000円まで自由に買いたい本を経費で買えて自宅に持って帰ってもいいとか、おやつ食べ放題とか(これは危険?)、プレステ3を設置してTV会議するといいつつ娯楽兼用にするとか(もっと危険?)とか、まあ経営ポリシーに合致して費用対効果の高いアイディアを実現するといいだろう。

あと、これも先の項目との関連になるが、知人ラインを超えて一般求人をするぐらいのタイミングで、立地の良いオフィスへ移転することや、オフィス環境の面にも投資をし始めるのが良いのではないかと思う。

5.人件費が最大の経費要因

5つ目はマネージャの方には当然の話。複数名の規模で会社を運営した場合、全員が手弁当参加という状態でない限りは、経費の大半は人件費に消えていくという点だ。それは収益に与える影響が極めて大きいということであり、特にストック面・フロー面いずれもが脆弱なスタートアップ期の会社に取っては「人事・雇用」は正に死命を制する問題だと言うことを意識しておく必要がある。

事業は好調だったのに、絶好調の時期に合わせて人を雇いすぎて、結局倒産なんていうのは、はたから見ていると経営者が間抜けとしか思えないが、世の中ではよく見かける光景なので、細心の注意が必要だと思う。

あと、「人事・雇用」が効率的に機能している会社というのは、非効率な会社と比べると、全く同じ事業をしていたとしても、それだけで従業員数×500万円ぐらいの税引き前利益が平気で違ってくると思う。繰り返しになるが、経営要素としては1位2位を争うような重要事項なのだ。

6.新卒を育てるというのは凄く大きな金額の投資

先の、採用に関連した第2のポイントでは、あえて「転職」というキーワードだけを使って「新卒」を無視した。これは、新卒を採用して育てるという選択肢が、起業直後の会社では、ほぼ取れないからだ。

仮に新卒採用をしたケースを想定し、話を単純化するために一人前になるまでは年俸300万円固定、1年目は能力ゼロ、2年目は能力半人前、3年目からは1人前とすると、1年目の100%と2年目の50%、つまり単純には450万円の投資。さらに、それだけではなく、回りの先輩が新人を教えるために手を取られるということや、採用活動で消費する経費やマンパワー、また新人も給与以外の経費も使うことも考えると、その倍以上の金額が投資されていると考える必要がある*1。中には学生時代から腕を磨いて即戦力という例外は一部にはあるものの、起業したての会社にとっては1000万円もあれば、もっと投資したいポイントはいくらでもあるはずで、新卒採用なんていうのは夢のような話ということになる。

(逆に、経営判断として新卒採用が妥当なレベルにまで成長できれば、その起業はスタートアップ期を脱したと言えると思う)

7.集団が発揮するパフォーマンスの可変幅は極めて大きい

そして続きになるが、雇用されて働く人間というのは、集中力やモチベーション、チームとしての機能性などの影響を大きく受けて、発揮するパフォーマンスが全然違ってくる。また、適所適材ということも重要で、得意な分野やモチベーションが保てる分野の仕事を任せるという単純なものから、意地やプライドで成長できる素質なども考えて、能力以上の無理をさせつつ成長機会を与えるといったことも考えた方がいいケースもある。

労働者の集団を、仕事をする関数として考えると*2、この関数が全く同じ消費リソースだとしてもチューニングの余地いうのが、もの凄く大きいと言える。ここらへんは、採用以外においても、人事というのが非常に重要といった話だ。

8.従業員の人生の目的と直結

そして最後に加えたいのが、会社が評価するアウトプットのパフォーマンスという面だけでなく、人事・雇用というのは個々の従業員の人生の中での優先度が高いことが多いという点だ。ライフワークバランスという表現が最近よく使われるが、ワークの「人事・雇用」は、給与、就労時間や休日、疲労やストレス、ポジションとアイデンティティーなど、いろいろな点でライフに直結していると思う。
経営者によっては順位が違うかもしれないが、ワークはライフの手段であって目的ではない。これは肝に命じておきたいと思う。


8つのポイントは以上になる。そもそも事業を「社長兼従業員1名ポッキリ」の規模より大きくできないのであれば、全く役に立たない話ばかりだ。ただ、起業して社長になって人事ということを考えるにあたっては、参考にはなるのではないかと思う。

起業経験がなく、多少マネージャ経験があるだけの私が考えたので、上手く全体を説明できていない点があったら、ぜひご指摘を頂きたい。

この人事雇用関連については、私自身、被雇用者やマネージャとしても大変興味があり、世の中の動向を知り、ノウハウを学び、深く知りたいと思い続けている。

次回は、起業と人事についてもうちょっと具体的に考えてみたいと思う。

つづく!

*1:バイト並みには使えるとか考えると、多少は投資相当分は安くなるという面もあるが、はたして2年間で「1人前=給与額並には働く」ようになれるかということもあり、もっと高くなる面もある

*2:仕事をする機械に例えると、なんか嫌なツッコミが入りそうなので、関数にしてみたが一緒?