残念なIT産業への檄文(前編)
前回の「10年泥」に関連して書いたエントリーは、記者のバイアスがかかった記事を元に、揚げ足を取る形で、ちょっと悪乗りがすぎたかもしれない。続報記事を読んだり「10年泥」の部分の音声ファイルを聞いて、微妙なニュアンスも拾ってみた結果、ある程度常識的な会話をしているのは分かった。
あと、NECのイントラネット(?)からのアクセスがそこそこ来ていて、前回エントリーの「リンク元」の2位にランクインしている。こちらからはリファラしか見えないので、結構不気味というのもあるが、このブログのテーマである「起業」が続報記事でクローズアップされているというのもあり、ネタではない公平な文章も書いておきたいと思う。
(NECのごくごく一部にちょっと恨みはあるものの、NEC批判をするつもりはなく、過剰に批判した点は反省しているので勘弁願いたい。訂正するほど間違った批判はしていないと考えるが、本エントリーをお詫びに代えさせて頂きたいと思う。)
日本のIT産業の入り口で何が起きているか
これは、たまたま私が知っている狭い世界だけがそうなのかもしれないが、最近ショックを受けたことがある。それは、「情報」と名がつく学科に在籍している学生であるにも関わらず、就職活動においてIT系企業への就職を志望しない学生が明らかに増えてきているように感じたのだ。
これがもしも事実だとすると、おそらく2つの要因が複合していて、1つは大学での講義や実習についていけなかったり、自分の能力を見限って「脱落」した人間が増加傾向にあること。また、もう1つは先輩や周辺から伝え聞く過酷な労働環境にあるIT企業を避けて、より生産性が高い(=楽で給料が高いことが多い)非IT系企業へと向かっているのではないかと思う。
ここで、前者の原因は日本の教育の崩壊が根底にあり、後者は日本のIT業界自身に問題があって悪循環を引き起こしているという話になる。
「数として欲しいのは,金融システムなど企業の大型システムに従事する人間。こういった領域では,個人の能力よりは業務ノウハウが重要。プログラマとして優秀であっても,業務を理解しないと,よいシステムができない。技術だけを評価して処遇することは企業としては難しい」と答えた。「天才プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか向いてない」
元NEC代表取締役社長で現IPA理事長 西垣浩司氏
件の討論会での、上記の西垣理事長の主張は、一面では正しいと思う。情報関係の学科で言うと、自分にはできないプログラムをあっという間に仕上げるような秀才が同級生としていることは、ごく一般的な話だろう。そして、能力の違いをまざまざと見せ付けられた上でも「いやいや、プログラミング能力だけが活躍できる要素ではない。むしろ違う能力が求められる職種の方が、人数を必要としている」という感じの話も、実態にあった重要なメッセージだと思う。
さらに、「天才プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか向いてない」(西垣氏)、というのも、確かに親切心から考えれば、まあ理解できる話ではある。
でも、天才プログラマは起業しろって飛躍しすぎでね?
IPAの西垣氏は,未踏ソフトウェア事業でスーパークリエータに認定された,すなわちIPAが発掘して支援した技術者がGoogleに就職したことを「いいこと」だと述べた。「彼らには何年かして日本で起業して欲しい。そこまでのステップを踏まないと新しい流れは生まれない」(西垣氏)。有賀氏は「アメリカでは優秀な奴から起業する。今日,ここには優秀な学生の皆さんが来られている。この中で5人とか7人とか,5年以内に起業すれば今日の対話は役に立ったことになる思う」と話した。そこに「企業で大型システムを開発するにはもったいない,技術を極めた人がそれを生かす道」のひとつのかたちがあるのだろう。
学生とIT業界トップの公開対談で胸を衝かれたこと---IT産業を呪縛する“変われない日本”(2ページ目) | 日経 xTECH(クロステック)
私は、天才プログラマでもないし*1、天才プログラマの知り合いがいる訳でもないので、一般にいう天才プログラマがどれほどのものか感覚的に掴めていないところがあるかもしれないが、天才プログラマは起業しろと言うのは、飛躍しすぎではないかと思う。
起業というのは、日本社会の中では簡単でもない上に社長個人が背負わなければいけないリスクが極めて大きいし、日本社会では大企業が資金やブランドを持っているだけでなく、そこそこ優秀な人材を終身雇用を前提に飼い殺しにしてしまっていて、優秀な人材が転職市場に流通していることが少ないという面もあると思う。
大企業の中の、そこそこ優秀な人材は、社内出世競争に最適化したベクトルで進化を続け、その企業内において部分最適化した人材になったり、もしくは大企業の一員という立場にあぐらをかいて、だんだんと劣化していくことも多い。
一方で起業家に必須で求められるスキルは、決して天才的なコーディング能力だけではない。日本のビジネスマナーを理解し、日本のマーケットを理解し、高収益なビジネスモデルを立案し、そして構築しなければいけないのだ。組織を率いていく力や、出資者を募るようなプレゼン能力、また人脈を築く能力も求められる。
あと、これは余談。Googleに就職したら、普通は日本で起業せずにシリコンバレーで起業するだろう。
そして学生からすぐに起業するのではなく、大企業の中でこそ体験できることも多いし、id:umedamochio氏の言う「見晴らしのいい場所」はベンチャー企業が多いかもしれないが、日本で起業するのであれば、日本企業の内にそういった場所があることの方が多いだろう。
「数として欲しいのは,金融システムなど企業の大型システムに従事する人間。こういった領域では,個人の能力よりは業務ノウハウが重要。プログラマとして優秀であっても,業務を理解しないと,よいシステムができない。技術だけを評価して処遇することは企業としては難しい」
元NEC代表取締役社長で現IPA理事長 西垣浩司氏
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080528/304458/
なぜ大企業は、ここで「技術だけを評価して処遇」が難しかったり、「個人の能力」を評価してくれないのだろう。やはり経営能力が足りないというか、日本的経営に慣れきってしまっているからだろうか。
これが先の、「生産性が悪い」→「優秀でビジネスセンスがある学生逃げる」→「さらに生産性が下がる」という悪循環を加速してはいないだろうか。
「個人の能力よりは業務ノウハウが重要」というのは、多少矛盾を孕んだフレーズのような気もするが、優秀な人材に起業を勧める前に、キッチリと能力に応じた報酬を払う仕組みを作ることが、いろいろな面で、IT業界の活性化にとって重要ではないだろうか。
労働力の流動性強化
有名ブロガーとしては、特に楠正憲氏(雑種路線でいこう/id:mkusunok)、また池田信夫氏が繰り返し書いているが、私も、労働力の流動性強化には圧倒的に賛成だ。それはロスジェネ世代の救済であったり、生産性を回復して景気を回復させる最善の手段だと考えるからで、過去にもいくつかのエントリーで書いてきた。
4.年功序列で一所懸命の労働市場
かなり生産性が低い企業であっても、35歳を超える人材の転職マーケットが極めて弱くポータビリティーのある退職金制度がまだ浸透していないので、労働者が生産性が低い企業に留まって、一所懸命に働くという傾向が強い。低い生産性の企業が多く存在し続けているというだけではなく、倒産しても不思議じゃない企業が生き残っているため、過当競争が続いているという面もあるだろう。
また、労働者が35歳を超えてからは社内の出世競争に必要なスキルのみしか習得しないことが多くなるため、高付加価値経営を実行できるようなマネージャや経営者の比率が上がらない。他にも、たまたま適正がない企業で終身雇用されているケースなどは、転職すれば実力を発揮できる場合もあると思う。
一方で、最初に述べた景気対策のポイントも、同じところで解決すると思う。国内労働市場の自由化・活性化・流動化だ。活発な市場ができた方が財は効率的に分配されるし、また良い仕事をして良い給与という面で労働者個人のモチベーションが上がるし、個人能力向上への動機付けもできるので、いくつもの面での相乗効果が発生するはずだ。非効率な会社は人材流出で倒産に追い込まれると思うが、社会全体としては必要なことで、結果生産性は上がり、GDPは上がり、景気は回復して、非正規雇用者は激減するというシナリオはあると思う。
ちなみに、年功序列や退職金で、優秀な人材を「一所懸命」へと囲い込む日本企業の仕組みは、大企業に有利で、小企業や起業家には不利な仕組みだ。もちろんセーフティーネットは必要だが、ホンダ、松下、ソニーなどのジャパニーズドリームの再来を夢見れる社会にするには、絶対に人材の流動化が必要だと思う。
こういったのはネオリベと言われればそうかもしれないが、セーフティネットなどの福祉政策も重視しつつ、その財源確保のためにも、競争を強化する経済政策を取った方が良いと思っている。
あと、安易な雇用流動化は危険というタマゴが先かニワトリが先かという感じの話もあるが、雇用流動化はマイルドに実施した方が良いのではないかとも思う。それは解雇という凶器の切れ味を、若干鈍くするということで、下記のようなスタイルもありじゃないかと思う。
ワーキングプア、準ワーキングプアを減らすためには、もう1つは働きが悪い従業員を、堂々と大幅減俸できる仕組みを作ることだと思う。年間に全社員の5%ぐらいを上限だろうか。当然、労働組合や左派は反対するだろうが、ミニマム給与レベル(家族持ちならば年収500万程度)を設定すれば良いと思う。あと、この仕組みを、全労働力を正規雇用し、完全職務給(同じ仕事なら同一賃金)を導入した会社だけに組合を無視できるような特典として、バーターにすれば良いと思う。
IT業界こそ、実力主義人事*2が通るほど明確に実力差がある世界だし、実力差があるからこそ、実力主義を採用することで効率化する面があると思う。
若者はなぜ3年でゾンビ化するのか? 年功序列が奪う日本の未来
若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)
- 作者: 城繁幸
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この本は、人事雇用関連として、しっかり書評したいと考えていたものの、あまりにも共感できるポイントが多すぎて、付箋だらけになったまま放置状態になっていた一冊だ。
本書の著者の、城繁幸氏は『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』を書いた人物で、過去に富士通の人事部にいた経歴を持つ人事コンサルタントなので、今回のテーマには最適な著者ではないかと思う。
まず本書タイトルの「若者はなぜ3年で辞めるのか?」は、人事コンサルタントの顧客向けのタイトルだと思う。
簡単に言うと、企業の採用試験におけるハードルは高くなったものの、そのハードルを越えた先で任される仕事の質に希望が持てず、企業内におけるキャリアパスに希望が持てず、企業内の出世待ち行列の長さに希望が持てず、会社を辞めていくという話だ。
ただ、これは私見だが、辞めるまで行かなくても、個人の能力を伸ばそうというモチベーションを持てずに、惰性で仕事をするようになる若者が多く、辞めるわけでも、必死で頑張るわけでもなく、デスマーチが連続する中で、3年でゾンビ化している若者がIT業界には多いと思っている。
名づけて「若者はなぜ3年でゾンビ化するのか?」。若者に対して「10年は泥のように働け」という前に、ゾンビにならずに10年は泥のよう働ける環境を用意する*3ことを真剣に考えた方が良いと思うのは、私だけだろうか。
そして本書は実は「年功序列が奪う日本の未来」というサブタイトルの方が本題と言える。このテーマの方が圧倒的に中身が濃くボリュームも充実しているので、ブログの文章より、書籍としてまとまっている本書の方が、人材の流動化が必要な理由の全体像を掴むには良いと思う。
また、城氏の文章は分かり易く、本当に上手い。さおだけ会計の山田真哉氏(訂正します→)*4といい、優秀な東大卒には適わないなぁと思えてしまう。結構売れた新書だと思うので読まれた方も多いと思うが、若者はもちろんだが、起業家・経営者・マネージャの方でも、未読の方はぜひ読んでみて欲しいと思う。
ただ、残念なことに、本書には解決策があまり記載されていない。というわけで、続けて、解決策を具体的に考えてみたいと思う。
つづく
(まだ書きたいことがいろいろある一方で、今日は力尽きたので、申し訳ありません。今週中に「後編」掲載します。RSSリーダに登録して頂けると嬉しいという下心も若干ありますが、このネタで引っ張っても無理か...。)
6/4 a.m.1:00 誤字修正。
6/6 a.m.2:00 後編を掲載→http://d.hatena.ne.jp/T-norf/20080606/JPIT2:Title
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