消費税でのハエ取り紙理論(Flypaper theroy)の実例

前々回のエントリーでは暴走して、一方でid:fromdusktildawn氏からのコメントも頂いた。なんか騙しが過ぎると思いつつも分裂勘違い君の元エントリーについて、趣旨を無視して解釈したのはこっちなので、お詫びの意味をこめて、少し理解を深めるような話しをしておきたいと思う。


分裂勘違い君の元エントリーで、「企業や金持ちの多くは、税を支払う人と負担する人が別であることぐらい分かってる」というところにリンクされているのは、ハエ取り紙理論(Flypaper theroy)についてのwikipedia(英文)だった。

これって税負担について「支払う人=ハエ取り紙にくっついたハエ」のように考えるのは馬鹿げているってことを言っていて、でも世の中には「支払う人=税負担をする人」といういう感じの論説も多いので、それを「ハエ取り紙理論(Flypaper theroy)」と呼んで揶揄することの説明になっている。

実際には、税金を支払う人は「ハエ取り紙にくっついたハエ」ではないので、本当の負担者は誰かっていうことを良く考える必要があるのだけど、分裂勘違い君の元エントリーでは消費税を法人売上税っていう言い換えをしているだけで、そもそも消費税は企業が納めているし、消費税を廃止して法人売上税を導入するっていうのは、なんか気色悪い説明になっていると思う。*1

一方で、ハエ取り紙理論の典型的な例が消費税に関連してあるのを思い出したので、1つそんなエントリーを引用して説明してみたいと思う。

‥‥そんなワケで、奥田碩にしても、御手洗冨士夫にしても、何でこんなに消費税の大増税を連呼するんだろう? だって、消費税を上げたら、消費者はゼイタク品を買わなくなるから、奥田碩トヨタにしたって、御手洗冨士夫のキャノンにしたって、売り上げが下がっちゃうんじゃないの? それどころか、御手洗冨士夫に至っては、自分の会社の社員たちに、残業代を払うことすら法律で禁止しようとしてるほどのドケチなのに、何で消費税の大増税を推し進めてるんだろう?‥‥って、思う人もいるだろう。でも、これには、ものすごいカラクリがあるのだ。実は、消費税が上がれば上がるだけ、コイツラがガッポガッポと儲かっちゃうシステムになってる。それが、大企業に甘い汁を吸わせるために作られた「輸出戻し税」なのだ! のだ! のだ!野田聖子の鼻の穴はまん丸なのだ!(笑)

(中略)

ちなみに、2004年度の輸出戻し税額のベスト10は、次のようになってる。

1.トヨタ自動車 1964億円

2.ソニー 1048億円

3.日産自動車 856億円

4.本田技研工業 824億円

5.キャノン 718億円

6.日本電気 565億円

7.マツダ 534億円

8.松下電器産業 498億円

9.東芝 471億円

10.日立製作所 249億円


‥‥そんなワケで、この数字は、国に納めてる消費税じゃなくて、国からもらってるお金なのだ。たとえば、トヨタの場合なら、2004年度の国内売り上げに対して、本来、納めるべき消費税が、332億円ある。だけど、輸出した車に対する「輸出戻し税」が2296億円も返ってくるから、差し引きで1964億円も濡れ手にアワでもらってるってワケだ。あたしたち庶民は、100円のものを買うんだって5%の消費税を払ってるって言うのに、ニポンを代表する大企業が、本来は332億円を納税しなきゃなんないのに、それをたったの1円も納税してないどころか、逆に、1964億円もの莫大な税金を返還されちゃってるのだ。

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/12/post_8a0e.html:Title

これって、消費税の「輸出戻し税」について書いてるんだけど、輸出大企業が消費税を払うどころか貰ってるよっていうことを問題視している。

輸出品に消費税(っていうか国内では消費してないので付加価値税)を課税するかどうかっていうのは税問題としては重要な論点かもしれないけど、上記のエントリーが言ってるのは、これぞハエ取り紙理論という論説だろう。

消費税っていうのは、仕入れで払った消費税分を控除して、残額を国税に納める。

売上額(税別) 消費税額 仕入消費税 消費税納税額
孫請け 10,000円 500円 0円 500円
下請け 40,000円 2,000円 500円 1,500円
メーカ 100,000円 5,000円 2,000円 3,000円
小売 150,000円 7,500円 5,000円 2,500円

仕入れパーツがそれぞれ1個しかない直列の商流の製品を仮定し、上記表のような金額で売買された場合、4社の納税額(=売上に対する消費税−仕入消費税)を全部足すと 500+1500+3000+2500円で最終小売価格の5%の7500円が納税されるという仕組みだ。*2


そして、日本は世界的に多数派である「輸出品には消費税を課税しない一方で、輸入品には消費税を課税する」という税制になっている。だから先ほどの商品を輸出した場合の消費税は下記のようになる。

売上額(税別) 消費税額 仕入消費税 消費税納税額
孫請け 10,000円 500円 0円 500円
下請け 40,000円 2,000円 500円 1,500円
メーカ 100,000円 0円 2,000円 -2,000円

この輸出商品の消費税額はゼロ円なので、輸出大企業が消費税を貰ってる(還付金を受け取っている)形になっている。でも、こんなことみんな知ってるし、いまどき税込み金額で値引き交渉するわけじゃないので、誰が払ってるか、貰っているかというのはあまり関係ない。メーカは仕入れ時に下請けに税込の42,000円を払ってるから、2,000円を返して貰って帳尻が合うだけだ。

この消費税の輸出戻し税については、中には下記のようにしようって事を言い出す人もいるみたいだけど、そもそも部品単位でそれが国内消費用か輸出用かを売上げ時点で区別するのは事務的にも非効率だし、消費税を納めている下請けやメーカは、実は消費税分のキャッシュが納税まで手元に残る分だけ資金繰りで助かっているケースもあり*3、むしろ反対する下請け企業も多いだろう。*4

売上額(税別) 消費税額 仕入消費税 消費税納税額
孫請け 10,000円 0円 0円 0円
下請け 40,000円 0円 0円 0円
メーカ 100,000円 0円 0円 0円

そして、これもハエ取り紙理論の1つだろう。税金について考えなければいけないのはその負担が最終的にどこへ行くかということであったり、経済的にどの部分の競争力を弱めてたり強めたりするかということであって、誰が払っているかということではないのだ。


というわけで、上記のような「輸出戻し税」のハエ取り紙理論はおかしいと思うのだか、一方で私は輸出大企業に何らかの社会負担の負担増をさせたい派*5であって、輸出品にも消費税(っていうか付加価値税だってば)を若干ながら課税するのには大賛成だ。輸出大企業も国内の社会インフラを使っているし、従業員や「安く使っている非正規雇用者・下請け会社の労働者」の福祉負担の問題もある。

そしてこれは余談になるけど、消費税に準じる形で徴税するような輸出付加価値税を創設するんだったら、社会の効率性を高めるためにも、できれば円安時には高い税率、円高時には低い税率になるような、為替レート連動方式の変動税率制がいいと思う。

日本の輸出は年間90兆円あるので、これに2%程度の低率で課税をすれば、さほど輸出競争力が落ちたり、生産の海外移転が進まずに、新たに大きな税収が得られると思うがどうだろう。

でも、こういった税制で2%の課税をしたからといって輸出大企業の税負担でキッカリ1.8兆円の追加税収が得られるわけではない。需給バランスによっては海外の消費者が負担する形になる部分もあるだろうし、輸出金額・数量とも変動し、輸出企業の利益も減少するので法人税が減る部分もある。


他にも、ハエ取り紙理論の説明になるような話として、ちょっと前に話題になった、タバコ1箱1000円へ増税という話もいい例だと思う。これって、医療費増につながる喫煙者の税負担を重くするのは受益者負担だし、喫煙者の減少につながるから突然1箱1000円にするようにしてもいいというような話があったと思う。

でも、これも突然上がるタバコ税を負担させられるのは、喫煙者だけではない。タバコ農家、JT、タバコ卸売り業者、タバコの小売店など、タバコの製造や販売に携わる事業者も負担する形になる。こういった事業者の中には、つい先日10年償却の設備投資をしてしまったところもあるかもしれないし、急に売上が落ちることで一斉に廃業したり従業員解雇をしなければいけない事態もおこりうる。タバコという悪いモノが社会から消えるのは仕方ない面があるとしても、ある日突然税率を150%から450%*6に上げるのは、社会的に大きな非効率を生み、また不公平だろう。

税金の支払い者について短絡的に考えると、おかしなことになるってことの参考としては、もう少し良い事例や、モデルがあるかもしれないけど、参考になったら幸いだ。


というわけで、サヨクの方も、もっと勉強して欲しいなって思うし、左派の経済学者にも現実的な税制案を考えてアピールして欲しいと思う。そして、引用したエントリーの「実は、消費税が上がれば上がるだけ、コイツラがガッポガッポと儲かっちゃうシステム」は、とことんハエ取り紙理論なので、信じちゃいけないのは間違いないだろう。

*1:日本でも消費税は導入前の法案段階では、売上税って呼ばれていたし。

*2:この仕組み、各社の付加価値分に税がかかるので、欧州だと付加価値税という。

*3:回収サイトによる。手形回収とかだと消費税の支払いが先に来る場合もある

*4:米国型の小売売上税に統一すればいいという話もあるだろうけど、各社とも既に消費税経理を何年も実施しているわけで、ここをわざわざ変えるだけのメリットはないと思う

*5:別エントリーで書くかもしれないけど、長期的に見ればますます日本の輸出は伸びる一方で、国内需要は低下すると考えている。

*6:だいたいこんなもんかな? 参考→http://www.jti.co.jp/JTI/tobaccozei/