ホリエモンとLD事件/ベーシックインカム

ちょっと前に、ホリエモンこと堀江氏がブログにベーシックインカムの話を書いていた。山崎元氏のブログが面白いと紹介しつつ自論を展開しているのだが、ちょっと微妙な感じがした。

この話とは直接関連はないのだけど、最近人気が出てきた堀江氏のブログやそのコメントを読んでいると、いろいろと反論したくなるところが多い。そういったこともあって、起業志望の人間として、堀江氏とライブドア事件について、以前から一度見解を書いておきたい思っていた。

この際なので、ライブドア事件から順に書いてみたいと思う。


私は昔から堀江氏の経営スタイルが嫌いで、幸いライブドア株も買ったことはない。そして、例のライブドア事件で経営陣(特に宮内氏)がやったことは、起業家として風上にも置けない行為だと思っている。

下記に一審と控訴審の判断要旨から抜粋引用する。

「過去の事例と比べて粉飾額は高額ではないが、企業価値を過大に見せかけて株価を高騰させ、時価総額を急激に拡大させた。投資者の判断を誤らせた責任は重く、実刑が相当」

「事件は経営陣が直接主導した組織的犯行。堀江被告保有するLD株の売却で多額の現金を得るなど、犯行の利益を享受した。株主らに対する反省もない」
東京新聞:堀江被告への判決要旨(TOKYO Web)の一審判決要旨より抜粋

この犯行は、ライブドアなどが飛躍的に収益を増大させて成長性が高いとして実際の業績以上に誇示し、有望で躍進しつつあると社会向けに印象づけ、ひいては自社の企業利益を追求したものだ。その戦略的意図などには賛同できない。投資者保護には有用な有価証券報告書やTDnetというディスクロージャー制度の信頼を損ね、制度を根底から揺るがしかねない犯行であり、強い非難に値する。

 犯行態様も、実態の不透明な組合を組成し、ライブドア株の売却に形式的に介在させ、売却益がライブドア側に還流している事実の発覚を防ぐために、組成日付をさかのぼらせるまでした。監査法人公認会計士も巻き込み、巧妙かつ複雑な仕組みを構築しており、悪質だ。
【ライブドア事件】堀江被告判決要旨 (2/3ページ) - MSN産経ニュース控訴審判決要旨より抜粋

上記の判決文にある通り、当時のライブドア経営陣がファンド(組合)を使ってやったことは、かなり悪辣な行為だ。粉飾決算と言われればその通りだが、堀江氏が自社株を売り抜けている事実や、躍進する新興企業の役員として注目を集めて高給を食んでいたことも考えると、「自社株主から搾取する詐欺」だと表現しても言いすぎではないだろう。

彼らが生み出した価値というのは、ほとんどなかった。単に注目を集め、株価を吊り上げるような資本政策・買収・IRを繰り返し、利益は自社株売却で出して誤魔化していたというのだから、起業家としてはサイテーな部類と考えて良いと思う。


刑事被告人として堀江氏が裁判で主張したように、本人は何も知らず、宮内氏の単独主犯である可能性もないことはないが、常識的に考えれば無理がある言い逃れであり、いずれにしてもトップとしての責任は大きい。また、本当に知らなかったとしたら、社長とは名ばかりで、とんでもなくアホな経営者ということになるだろう。

上記2つ目で引用した控訴審判決を受けて堀江氏は上告中だが、上告棄却になれば二審判決の通り懲役2年6ヶ月の実刑が確定する。そして、法人としてのライブドア、また旧経営陣個人としての両面で、多数の株主代表訴訟を受けているようで、こういう詐欺的な起業家に制裁を加える流れにあることは、幸いなことだと思う。

こういったことから、堀江氏を権力に楯突いたヒーローとみなして、「小額の粉飾決算のみであるにも関わらず不当に重い量刑を受けている」*1という感じの論調や、ホリエモンが経営者として凄いという話を見かけると、それはどうかなって思う。多分、評論家タレントだったり、ファンドマネージャをやってたり、VC経営してれば良かったのだろうけど、実業家としては、やはり犯罪者か無能者だと思う。ただ、まあ罪を憎んで人を憎まず。このLD事件についてはさておき、堀江氏が展開していたベーシックインカムの話に進みたいと思う。


まず、他の人もコメントしていたように思うが、堀江氏がベーシックインカムに賛同するということは、ちょっと意外だった。堀江氏の理論は概ね、下記のよう感じになっている。

  1. 労働力は余剰であり、全員が働く必要はない
  2. ベーシックインカムがあれば労働者が無理して働かない
  3. ベーシックインカムがあれば経営者が解雇を自由にできる
  4. 優秀で働きたい人に仕事が集中し効率化する
  5. 所得税の税収が増える、法人税の税収も増える

こういった考え方は、思考実験としては、とても面白い。ただ、堀江氏は下記のようにも書いている。

月20万の給料を貰って、実は社会全体は、その労働を作り出すのに月30万のコストをかけている、というような。だったら、ダイレクトに20万渡せば10万円セーブできるんじゃないかと思う。例を挙げるのはここでは控えるが、いくらでもあると思う。

実際のところ、企業内に限れば、そのような種類の労働は存在する。でもその存在に気づいてもリストラすることは難しいのだ。
ベーシックインカムの話 | 堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」

前半は確かに公共事業でそういう例はあると思うが、後半はトリック的な内容だと思う。ここで堀江氏は、自分の給与以上のダメージ(コスト)を会社に与えるような社員を例として出している形になっている。

ただ、会社は単に社員に給与を払うために存在しているのではない。どんな社員でも普通は何らか会社の業務に貢献(生産)をしているだろう。だから、その業務貢献を加味して考えると、給与以上のダメージを与えているのは相当なレアケースになる。

言い換えると「会社としては給与をタダで渡した方がハッピーなので自宅待機していなさい」、といいたい労働は存在すると言っていることになるが、ちょっとおかしくないだろうか。こういう社員は存在はするだろうが、失業者やワーキングプアの労働者と比べると、とても低い確率でしか存在しないと思う。だから、ベーシックインカム論議する際に、あまり意味がある話だとは思えない。

(昔のライブドアには、それなりに存在していたようだったとしたら失礼。でも世間的には違うよね)


ちなみに、ベーシックインカムの実装方法にはいろいろなバリエーションがあるが、現実にやろうとすると、財源をどうするか考える必要があり、増税が必要になるパターンがほとんどだろう。*2

私は所得再配分や資産再配分には必ずしも反対ではないのだが、ベーシックインカムには疑問があり、小額ベースでやれば行政の効率化でメリットが出る部分があるかもしれないけど、一定規模以上の政策としてやると、共産主義と同じで、労働モチベーションの問題で国際競争に勝てなくなると考えている。

クビになる恐怖があるから、まじめに働き、まじめに働くから技能が伸びる。いつでも無職になっても大丈夫という社会は、それはそれでハッピーなのは分かるけど、ついつい楽な生活をしているボンクラが増え、低技能者で溢れかえることになるのではないだろうか。そして、まじめに働く人々も重税で苦しみ、自分の稼ぎが労働しない者へ分配される社会に嫌気が差して、働く意欲をなくしていく。

そうすると製品の品質や生産量は落ちるし国際競争力もなくなっていく。日本は、資源の輸入もままならなくなり、インフレが発生して、最終的には餓死者が出るような社会になる可能性が高いだろう。

ベーシックインカムについては、私も真剣には勉強していないので、もしかすると労働モチベーションを下げない良策があるのかもしれない。そして、需要不足で供給過剰な日本社会を改善したり、必然的に失業が発生してしまう資本主義の弱点を補うための上手い実装があるかもしれない。類似のものとして、「フリードマン負の所得税」というのもあるけど、ただ、いずれにしても労働意欲や向上心をどう維持するのかが、最大の問題になると思う。

そういったところから、堀江氏のベーシックインカム論は、原資を実際にはあまり存在しない「負の労働を止める」というところに求め、「働かざるもの食うべからず、は、もう古い倫理観」を主張するのは詭弁だと思ったのだけど、いかがだろう。


ところで、堀江氏のブログの記述で、もう1点疑問に思うところがあった。それは。公共事業についての「ダイレクトに20万渡せば10万円セーブできる」という部分。もちろん一部の公共事業については正しいのだけど、だから直接渡した方がいいというのは、起業家精神からは、ほど遠いように思う。

この点ついては、別件と併せて、次回エントリーで続けたいと思う。

*1:余談になるけどアルファルファモザイクに転載されている、ビックカメラ49億円粉飾なんかに至っては、過去に自社が払ってたコストが利益として戻ってきているスキームだと思うし、154億の営業利益を出している企業がわざわざ6年も前からこういう面倒くさい仕込をして上場前に益だしをするとも考えにくい。どうして匿名組合の解散に伴って49億円も配当されているのかがビックカメラの決算書だけでは分からなかったので不明点は多いし褒められた決算処理じゃないけど、詐欺的要素は相当低いと思うし、そもそもLD事件と同列にすることが間違いだと思う

*2:所得税増税をすると個人の働く意欲が減衰するし、法人税増税すると企業は海外逃避してしまう。そうすると必然的に消費税を増税して、抱き合わせでベーシックインカムを導入するのが基本形になると思う。