企業と起業の投資リターンについて

ちょっと前になるが、池田信夫氏が民主党の政策を批判しながら、「すべての企業の合計を見れば、投資リターンはマイナス」と言っている。端的に言って、これは間違いだろう。

企業を興して投資を行なうのは、きわめてリスクの高い仕事である。昨年の上場企業全体の収益はマイナスになり、法人税は還付超過になった。もちろんこれは一昨年からの急激な景気悪化によるものだが、普通の年でも法人税の対象の約7割が赤字法人である。これには節税のための経理操作があるとしても、上場企業だけではなくすべての企業の合計を見れば、投資リターンはマイナスなのである。これはベンチャー企業ではもっと顕著で、シリコンバレーベンチャーの5年生存率は約50%、投資以上のリターンを上げるベンチャーは10%以下といわれる。
民主党の生存バイアス – 池田信夫 – アゴラ

池田信夫氏が前後に述べている、民主党の政策がナンセンスだとか、ファンドマネージャーが全体で見れば経費の方がかかり投資リターンを向上させていないというのは同意できる。

でも、どうして「すべての企業の合計を見れば投資リターンはマイナス」なんだろうか。「法人税の対象の約7割が赤字法人」は事実としても、当然企業規模には大小があり、また赤字黒字の幅にも大小がある。

赤字幅が大きい企業はキャッシュがなくなり存続できないわけで、そうそう大きな赤字は出せないだろう。日本の企業全体がトータルで見て資本を減らし続けているとすれば、それは由々しき事態であり、投資家・投機家の話である"The Black Swan"のタレブの寓話を例に出して説明しているのは詭弁と言っていいだろう。

ビジネスというのは、投機やカジノのギャンブルのようにゼロサムゲームではない。この池田信夫氏のエントリーは穴だらけなのだが、ここまでは余談として、起業の話に進みたいと思う。


起業のトータルリターンがマイナスで、成功例につられてのアニマルスピリッツが全体として社会全体に貢献しているというのは、これまた矛盾する文章のような気がする。たしかに、生産と雇用の増加というラインで社会起業のような貢献ができていれば、投資のトータルリターンがマイナスで社会貢献ということはあるだろうけど、経済的にプラスになるのであれば投資リターンもプラスになるのが自然ではないだろうか。

起業家のアニマルスピリッツ、言葉を変えると経済学的非合理行動が重要になっているのは、おそらくはイノベーションのジレンマを突破すためだ。既存企業は、人材も資本もマーケットシェアからの収益も握っているが、大企業病にかかり、イノベーションが起こせなくなっている。そこで、実際には既存企業に雇用される立場の方が報酬期待値が高いような人が、リスクを取るアニマルスピリッツを発揮して起業にチャレンジしてイノベーションを起こすことが社会的に重要という話だろう。*1

ここでの非合理行動は機会費用が大きなポイントになる。転職市場が弱く、終身雇用重視で、企業を辞めることでの経済的損失が大きい日本では、経験を積んだビジネスパーソンが既存企業を辞めて起業する機会費用が高すぎて、起業が少ないので、、、という話に繋がるけど、それはまた別の機会にがっつり書いてみたい。(先になると思うので、読みたい方は右からRSSリーダに登録して貰えると嬉しいです)

そして一番重要なポイントだが、起業にはギャンブル要素も多いにあるし、成功の確率がとても低いのは事実だけど、決してマクロ的に平均化された値での非合理に立ち向かう必要がある種類のギャンブルではないということだ。

宝くじを買うのであれば確率論からの平均値で戦うしかない。でも、起業は違う。実力があり、良いメンバーを集めて、良いビジネスモデルを確立して勝負すれば、個々の勝負での期待値はプラスにできる。

もちろん、ベンチャー投資のリターンで考えれば、IPOできるかどうか株式市場の動向であったり、イグジット経路としてM&A市場の動向というような平均的な値も重要で、そもそも投資(資本)が集まらないと大きなビジネスができないというところから、トータルリターンもプラスでないと困るので、金融日記の藤沢氏も書いている通り、私もここのトータルリターンはプラスであると信じたい。

いずれにせよ、アニマルスピリッツは必要かもしれないけど、決して起業はゼロサムゲームではないし、個々の起業でもトータルで見てもリターン期待値はプラスにできる。起業っていうのはそういうもんだろう。

*1:ほかにも、既存大企業は給与水準が高くなりすぎて、ニッチなマーケットへ出て行かないとか、いろいろとアニマルスピリッツが社会に貢献する要素はあると思うけど、ここでは省略