外気からの内部被曝のリスクを、ざくっと計算してみた(新データで改稿)

前回エントリーでは産総研のデータを使っていて、結構乱暴な計算をしていたが、高エネルギー加速器研究機構KEK)のより良いデータを教えて頂いたため、改稿という形で、半分以上同じ内容のエントリーを上げます。

また、一部誤解を減らす内容に改変しています。最初から考えろ、という批判については甘んじて受けます。また、世間の内部被曝への関心が、食物や飲料に移っていることもあり、改題しました。ご了承下さい。

旧題は「テレビが嘘つきなので、内部被曝のリスクを無理やり計算してみた」で、こちらから読めます。

あと、子供の内部被曝のリスクが思っていたよりずいぶん高かったので、そこらへんを補足するエントリーも書きましたので、良かったらご参照下さい
新聞も間違う内部被ばくのリスク。子供だけは気をつけよう。

今回の震災で被災でされた方、ご家族の皆様には、心からお見舞い申し上げるとともに、寄付や支援など、できることは進めていきたいと思う。

地震津波での被害が甚大で、心が痛む一方で、連日報道されている福島第1原発も気になる。この中で、まだ崩壊熱を出している炉心の冷却や、使用済み燃料の保管プールの保全に関しては、命がけで対応にあたっている方々の成功を祈るばかりだが、どうしても気になって仕方がないことがある。

それは、TVでよく出てくる、こちらの図*1のような資料を提示しての「xxミリシーベルト(以下mSV)でもCTスキャン1回分」、「xxマイクロシーベルト(以下μSv)でもレントゲン1回分」というような表現。ネットやTVでの指摘も少々出てはいるものの、誤解や間違った表現も実に多いと思う。

この間違いは、より正確に表現すると検出された「時間あたりの空間放射線*2」の放射線レベルから「安心です」という説明なのだが、端的に言えば大気中の放射線の話ばかりをしていて、放射性物質放射能)による汚染の重要性を、ほぼ無視してしまっている。

よくある解説パターンとしては、この放射線量ならば「安心です」と言ったあとに、でも吸い込んだり付着すると危険なので、マスクや肌の露出を避けて下さいと「おまけ」のように言うだけだ。

ところが、誰でもすぐにイメージが沸くと思うが、実際に怖いのは「おまけ」的に表現されている放射性物質の吸入や摂取の方だ。体内に取り込まれた放射性物質からは、3次元で全方向への放射が被曝対象となり、至近距離からの防護なしでの被曝であり、何よりも体外へ排出されるまでの長時間の被曝を受けることになる。

そして、その影響の多寡に関する情報が、とても少ない。(飲料や食物に関しては、最近になって正しい情報が多く出ているが、初稿を書いた3/18時点では外気に関しての話題があまりに少なかった)

こういう放射性物質を体内に取り込んだ際の放射線の影響は、内部被曝といって、こちらの緊急被ばく医療ポケットブックでも結構なボリュームが割かれて、いろいろな情報が書かれている。

逆にいうと、空間放射線量のみを気にすれば良いケースは、放射能防護服と防護マスクなどで完全装備した場合や、密閉された線源から放射線のみを浴びる場合の話であって、外気中に放射性物質放射能)が存在している環境下にいる場合は、内部被曝の影響こそ「最重要」に考える必要がある。

それでは、1時間外にいてもCT1回分で「安心です」と誤報されるような6.9mSv/hの空間放射線量がある環境で、普通に呼吸をして内部被曝してしまった場合の影響は、いかほどだろう?

さて、ここまで偉そうに書いてきたが、ここでディスクライマー。私は医師でも薬剤師でもないので、以下は、あくまで素人の机上計算だ。まあ、できの悪い学部生が書いた答案程度に考えて、そのまま参考にはしないように。また、できれば他の皆様も、検算やコメントを頂けると助かります。

で、ここでの大気中から吸入した放射性物質放射能)による内部被曝の影響度は、「簡単には分からない」のだ。

大気中の放射線量測定は、おそらく単に測定しやすい単位ということから、グレイという放射線量の単位で測定される。そして、同等の放射線を浴びた際の影響度(外部被曝)を元に、Sv/hという時間あたり被曝強度に換算されている。

この大気中の放射線量から、内部被曝の影響を計算するにあたって、不足している情報がいくつかある。羅列してみると、大きくは以下のような感じだと思う。

  1. 大気中へ放射線を出している核種(放射性元素の種類)は何か。複数ある場合は、その比率
  2. 大気中に放射性物質がどれぐらい存在していれば、どれぐらいの空間放射線量の測定値になるか
  3. 大気中に存在する放射性物質を、平均的にはどれぐらい人体へ取り込んでしまうか

ここは最初は分からなかったが 1. 2.について高エネルギー加速器研究機構(KEK)が良いデータを公開してくれている。

3.は、人間の呼吸量は「立った姿勢での軽い活動で0.9m3/h」というヒント*3があるので、これを使う。

あとは、冒頭で紹介した緊急被ばく医療ポケットブックの第4章に「内部被ばくに関する線量換算係数」という表があり、吸入した放射性物質放射能あたりの被曝量を計算すれば良い。今回は食べることは考えず、大気からの吸入だけを考えるので、それを参考に表を作ると、結構大変だったけど*4、こんな感じになった。


空間放射線量と内部被曝の倍率は平均すると、ちょうど1.0倍。

このKEKの表のデータは、バックグラウンドの線量を引いた上で作成したので、大気中の放射性物質だけをカウントしていると仮定し、概ねどこでも同じような核種による汚染があり、空間放射線量が大気中の放射性物質の量に比例すると仮定している。

そうすると、良く報道されている空間放射線量の値と同等の内部被曝を考えればいいということになる。(内部被曝外部被曝の合計で2倍)

あと一点注意が必要なところとして、KEKの測定データが大気中のどれだけの放射性物質を捕捉できているかという点がある。こちらの高度情報科学技術研究機構の情報によると、メイン核種となっているヨウ素についてはろ紙の素材や、ヨウ素がどのような化合物として存在しているか(化学式)次第で、10%〜98%と結構幅があり、今、公表されている情報からだけでは判断がつかない。

ただ、ある程度安全マージンを見ても10倍ということで、呼吸による放射性物質の吸入による内部被曝は、今回の計算結果からは、空間放射線量の最大10倍程度だろうということになる。

冒頭の質問『CT1回分で「安心です」と誤報されるような6.9mSV/hの空間放射線量がある環境』について、普通に1時間の呼吸をして内部被曝してしまった場合の影響を考えると、長期分も含めて蓄積される被曝量としては外部被曝6.9mSvに加えて、内部被曝量が6.9〜69mSvで、合算で13mSv〜66mSVになる。

この計算では、発ガンのリスクを引き上げるとも言われる100mSvレベルには、まだ若干の余裕がある*5が、単純に空間放射線量だけを気にすれば良いというわけではないという点で、TVの報道を鵜呑みにしない方がいいと思う。

そういう点も踏まえて、TVでしきり言っている「ただちに健康に害を与える被爆数値ではない」という官僚っぽい言葉は、裏を返すと「ただち」でなければ「内部被曝も考慮した際の長期的な発がん性」の可能性も(ところによっては)ある、ということを考慮している発言だなとも思えてくる。

ただ、福島第一原発から北西に約30キロ離れた浪江町とかで連続して計測されている100μSv/h 以上というレベルで最大10倍の内部被曝を考えた場合であっても、1時間で1.1mSv、1日8時間外で被曝し続けて、11.4日間で100mSvとなるラインなので、まあ「内部被曝も考慮した際の長期的な発がん性」があるかどうかと言うと、当面の期間であれば無視できなくもない微妙なラインではあると思う。

そして、このレベルであっても発がん率の増加は、ほんの僅かあるかないか微妙なラインで、線量と発ガンの関連は諸説あるが、例えば米国科学アカデミーを引いている「原子力を考える会のページ」では 100mSvで1%の発ガン率としている。ただ元々大勢の人が放射線とは無関係にガンになるし、このレベルでは、タバコやアルコールの害の方がずいぶんと大きいだろう。

また、放射線も一度にまとめてあびるのと、時間をかけてゆっくり浴びるような内部被曝では生体側のダメージや修復対応も異なってくるので、あくまで参考的な値として考えた方がいい面もある。*6


福島市内で普通に観測されていたり、一時北茨城市で観測された10μSv/hレベルで、1日2時間外出として 10倍の内部被曝20日続けても 2.2mSv、この状態が仮に100日続いたとしても22mSVなので、外出を控えてマスクなどで対策し、いずれ値が低下すると想定すれば、なんとか普通の生活をしても許せる範囲かなと個人的には思う。*7

この計算で他にも無視しているファクターを考えておくと、以下のような感じ。(+は考慮すると被曝量が増えるファクター。−は考慮すると被曝量が下がるファクター)

  • + 食物、飲料の放射能汚染からの内部被曝は無視している*8
  • + 住居内の放射能汚染は無視している
  • + 体表面汚染(被曝)を無視している
  • + 測定装置によってはベータ線の被曝を一部無視している*9
  • + フィルターに付着しなかったり、乾燥等で測定時点まで残存しない放射性物質があれば、それの内部被曝は考慮できていない
  • ± 立った姿勢での軽い活動を想定しているので、個人差もある呼吸量次第では大きく増減する。
  • ± 空間放射線量と内部被曝の関係を調べるにはあまりにもサンプル数が少ないが、単純平均した値で計算している。
  • ± 空間放射線量の測定値は、計算に使ったKEKのデータも、各地の測定データも、大気中の汚染だけではなく、測定器本体や周辺の放射能汚染も含めて測定している可能性がある。*10
  • ± 15,16,17日に160kmほど遠方まで飛んだ核種の比率に基づいて算出している。原発の状況を踏まえた時間経過や、原発からの距離によっては、若干核種が違う可能性がある。
  • 放射能が高い(=半減期が短い)核種は、再臨界しなければ次第に減少するはず。*11
  • − マスクとかで防護すれば、固体の放射性物質の吸入は、ある程度防御できる。
  • − 使っている「吸入摂取時の線量換算係数」は最大50年の体内残存を考慮した積分値であり、特定核種が特定臓器に集中して線量を浴びせるリスクも考慮しているので、各種の被曝の単純合計値のリスクはより低い可能性が高い。

というわけで、受ける被曝量も、その結果もよく分からないことは多いけど、それなりの目安ができたことで、自分なりには納得できた。ただ、あくまで素人の計算なので、良い子はあまり参考にしないように。(間違いはぜひ、ご指摘を)

前回エントリーのような乱暴な計算は、責任ある発言が求められる専門家にはできなかったと思うが、このレベルであれば、十分発表可能だろう。そして、もっと大気中の放射性物質の測定値を多く取って、内部被曝の影響についても、発表したり考察してもらえると助かるなとも思う。

(逆に言うと、素人の出番はここらで終わり)


とりあえず今は原発の冷却の成功を祈りつつ、こちらの簡単な気象シミュレーションを見る限りは、これまでのところ風向きでずいぶんと救われている面があると思うので、風向きには注意して暮らしていこう。

首都圏の人は、茨城県が大変ありがたい空間放射線量のデータを出してくれているので、気象予報が北風と言ったら、ちょくちょく参照すると安心だろう。*12

そして、こういった大気中の測定値がちょっと高くなっても20μSv/hぐらいまでなら、換気を控えて、外出時にマスクをして、家に戻ったらすぐに手洗いしたり、早めに風呂に入れば、多分、無視できるリスクで終わるだろう。

2011.4.7 追記: 子供についてはもっとリスクが高いことが分かったので追加エントリーを書きました。→、新聞も間違う内部被ばくのリスク。子供だけは気をつけよう。

食べ物も多少は心配だけど、こちらは放射能の量そのものをカウントしているので、大気中の放射線量測定値をそのまま被曝量にするようなダマシはない。とりあえず、発表されるBq/kgなどの値を、緊急被ばく医療ポケットブックとかの数字を使って、すでに慣れ親しんだ感のある被曝量(Sv)に換算して、参考にするといいだろう。

あと、広範囲に拡散して影響度が大きそうなヨウ素131の半減期は8.04日と短いということもあるので、慌てず、パニックになって買占めなどせずに、食べるなと言われたものを食べなければ、大丈夫だと思う。

分からないものは怖いけど、できるだけ理解して、防衛できるところは防衛して、ほんの僅かのリスクであれば、気にせず前向きに行動しよう。そうでないと、救助や支援にあたってる方、原発で命がけで戦ってる方、被災された方に申し訳ないと思う。


Special Thanks
人力検索に回答を頂いた id:godabin さん、他の皆様。
・前回エントリーにコメントを頂いき、KEKの情報を教えて頂いたおひげさん、他の皆様。

前回エントリーのコメント(Q&Aとしては、結構な中身になっています)

http://d.hatena.ne.jp/T-norf/20110319/Radiogen#c

*1:こちらの図に罪はない。使い方の問題ですね。

*2:空間放射線の単位は1時間あたりのmSV等=mSv/h等で表現されていることが多いが、実際にはミリグレイ/hなどから簡易に変換されたもの。

*3:人間の呼吸量は「立った姿勢での軽い活動で0.9m3/h」は、ひ孫引用になるが暴露係数ハンドブックの人体関連→呼吸率より。

*4:グラフから平均値を手作業で出すのはなかなか大変で、そういえば、大昔に指導教官から、測定器が紙へグラフでしか吐き出せなかった時代は方眼紙の薄紙みたいなので計量してたという話を聞いたことがあったけど、まさか、こんなところで、それっぽいことをやることになるとは(笑)。目分量だけど計量に使った目安線を引いたグラフは、チェック用にこちらにアップしときます。

*5:線量と発ガンの関連は諸説あるが、例えば原子力を考える会のページ

*6:上記の計算に使っている「吸入摂取時の線量換算係数」は、大人が50年間体内から被曝する放射線の積算量を使っているので、特に半減期が長い核種については、影響が少なくなる可能性も高い

*7:ただ、10μSv/h→1日2時間100日で22mSVでも、外で遊びたがるような小さい子供とかは、結構微妙なラインで、個人的には余裕があれば疎開も考えたくなる。これは子供のヨウ素への感受性は高いと言う一方で、あまり情報がなく、外で遊ばせたい一方で、遊んだら砂場とか原っぱとかで放射性物質を付着させてきて、経口摂取やら体表面汚染も気になるので。

*8:飲料水の汚染については福島県内の飲用水(水道水)環境放射能測定結果を見ていると、ヨウ素131で高くて180Bq/kg。この最高値でも、22nSv/Bqのヨウ素131の経口摂取の換算係数を掛けて4μSv/kgなので、1リットル飲んでも4μSvということで、一時的なものであれば無視できるレベルかと。ヨウ素131は半減期が短いので、問題は他の核種での生物濃縮を経た汚染になると思うけど、それはまだ先の話。個人的には、乳牛の汚染レベルは、ちょっと気になると思ってたら、先ほど官房長官が牛乳とほうれん草から検出と言っているね...。

*9:時間あたりの空間放射線量(μSv/h)はガンマ線量で計測していることが多いが、ヨウ素131を含めベータ崩壊してベータ線も出す核種も多い。ベータ線はアルミ箔やアクリル板で遮断できるので防御しやすいなどとNHKの解説員も言っていたが、当然ながら体表面に放射性物質が付着してしまった場合は、もろに被曝する。なお、内部被曝の計算に使った換算係数は、ベータ線も考慮しているはず。

*10:あと、原発のごく近くでは、核燃料からの直接の放射線照射からの値もあるだろう。ただ、こういう放射線そのものは遮蔽物がなくても距離の二乗で減衰するし、地球は丸いし福島は山が多いし、20kmも離れれば考慮しなくていいと思う

*11:原発でのウラン核分裂反応(臨界)が止まっているという前提で、単純に考えると、半減期が短い核種の比率は一見どんどん減っていきそうだが、別の放射性物質(親核種)の崩壊や、アルファ線核の獲得などで供給され続けることも考えられ、ここらへんは、いろいろ検索してみたものの、例えば、京都大学原子炉実験所のJCO事故のレポート・・・京大原子炉第34 回学術講演会・サテライトミーティング「JCO事故を考える」、中性子線量と生成放射能量 今中哲二(京大原子炉)を見ると、1mgのウランを熱中性子によって核分裂させた場合のヨウ素131を含む詳細データがあるが、核分裂の条件も違うし、私の知識では何を親核種にして増えてきているのかも良く分からなかった。

*12:ただ、茨城県の空間放射線量のデータは、3/16正午前には、数値が急に上がったためか、一時更新がしばらく止まったりしていたので、更新が滞ったら要注意かもしれない。