内部留保発言のあげ足とるんじゃなくて本質を考えたい

「大企業は内部留保を貯め込んでる。賃金に回せ。」という感じの主張があり、それを激しく非難するツッコミが、人事コンサルタントさんや、女子大生を引き合いに出したファイナンシャルプラナーさんから出ている。

あまりにも不毛というか、問題の本質から外れたところに焦点が当たってるような気がするので、ちょっとツッコミを返してみたいと思う。

まず、主な火元の共産党書記長さんのつぶやき引用から。

大企業の260兆円の内部留保を動かすことがカギです。1%を活用すれば8割の大企業で月額1万円の賃上げが可能。それを突破口にして、消費、内需を活発にし、経済を健全な成長の好循環にのせる。そのためにあらゆる政治的・政策的手段を投入すべきです。
(志位和夫 @shiikazuo / 2013年6月21日 - 9:35)

確かに、これはツッコミたくなる。一般的にはストックである「内部留保」と、フローである「賃金」と対比させているのはおかしいし、内部留保の増減率を示さずに1%を永続する性質の賃上げに活用とか意味不明だ。

ただ、内部留保は「利益」を源泉とする資本なので、期間さえ決めれば「経費」である賃金と対等と言える。ある期間において賃金を増やせば「利益」は減り、内部留保は減る*1。これこそ簡単な算数で、「内部留保を減らして賃金に回せ」という主張は、間違いではないと言える。

まあ本来は「利益」がこれだけ出てるからと主張する方が正しいが、連年の利益を配当せずに積みあがったものが内部留保であり、その期間の賃金も増えてないのだから、よりセンセーショナルに額が大きい内部留保を取り上げるのは、まだ許される範囲のレトリックで、鬼の首を取ったようにツッコミを入れる話ではないだろう。


人事コンサルタントの城 繁幸氏のブログ記事の主張は章タイトルだけ取ってくると、下記2点だ。

1.そもそも、他人がとやかく言えるお金ではない
2・そもそも、会社の金庫の中に現ナマが貯まっているわけではない

ここで、1.は確かにその通りの面もあるが、税制改革や雇用法規という手段もあるし、「ここに手を突っ込むというのなら、まず革命でも何でも起こして資本主義体制を打倒するといい。」という感じで政治関与を全否定するのは過剰な否定だろう。

2.についてもキャッシュフローと資産(利益)が別であるというのはその通りであるが、利益や純資産があるのであれば、別に借入れを増やして給与を増やしてもいい*2。だから、利益(=内部留保)をもっと給与に回せというのは決して暴論でも実現不可能な空論でもない。

それ以降の城氏の「もっといっぱいお給料がもらえるように、労働者自身が努力するしかない。」という主張も100%共感できるものではない。

私は、もう一歩踏み込んで、経営サイドも一緒になった努力や、法改正などの政治サイドも含めて、全力で「労働生産性」を増やさなければいけないと考えている。これはいかにして過当競争を減らすかとか、非効率な産業構造や雇用形態を変えるかというところもあって、決して労働者だけに努力を求めるような話ではない。ただ、そういった意味では、大衆が喜ぶお題目を主張するだけじゃなくって、政治家もっと仕事しろっていう点では城氏と思いは同じだ。

古いけど参考:
どうして日本の労働生産性は低いのだろう


あと、ファイナンシャルプランナーの中嶋よしふみ氏のエントリーのおかしい点にも触れておこう。まず『「内部留保」という言葉は無い』といいつつ、しっかり内部留保を説明してくれている。いやいや、あるじゃんという矛盾はさておき、「資産」と「現金」の違いとして説明は間違ってはいないけど、「内部留保」を説明するのに頭金の例示はかなり極端だ。

もちろん内部留保が全て投資や売掛金に回り、現預金が何も増えないというケースもありえる。だが実態としては、こちらのアゴラ高橋正人氏の記事が詳しいが、2008年より企業は現預金*3も増やしている。

あと少し視点が違う資料になるが、企業のキャッシュフローの源泉を示したグラフがある。

財務総研:キーワードで見る法人企業統計 キャッシュフロー

このグラフを見ると、ここ20年ぐらい国内企業は借入返済とか、マイナスの増資(たぶん自社株買い)にキャッシュを投じているのが良く分かる。この中で長短の借入金については最初の数年は貸し剥がしもあっただろうが、とくにここ十数年の低金利・金融緩和という条件を考えると、現金が余ったので借金返済している面が強いだろう。なので、決して労働分配ができないというレベルではなく、動かせる現金はたっぷりあると考えられる。中嶋氏が例示している、現金を全部頭金につっこんだB/Sが極端なのは良く分かるのではないだろうか。

さらに、続けての中嶋氏の女子大生には言わなかった、給料の決まり方。というエントリーについても言及すると、「大雑把に言えば自身の給料は、自分自身の付加価値と勤め先の付加価値で決まる。」とある。

ここで「勤め先の付加価値」が増えると、内部留保(利益)が増える方向となり、そしたら給料が増えるべきと言い換えることができるだろう。ストックとフローの違いはあるので中嶋氏の指摘が正しい面もあるが、事実である「内部留保(ストック)は増えつづけている」とか、「ストックがあるということはフローが過去にプラスだったんでしょ」いう前提も考えると、結局は批判対象と同じ事を言っている面もある。

城氏も「誰も労働市場で付く値札以上の給料はもらえない。それが資本主義のルールだから仕方がない。」と書いている。それは間違いではないが、中嶋氏の主張の一部にあるとおり、経営者は利益の中からしか給与を払えないために値札(ポテンシャル)以下の給料の人もいるだろうし、雇用主が一緒になって労働者の値札を上げることもできる。

他にも労働市場の需給が逼迫すれば値付けが上がることもあり、マクロ経済的に政治が関与することで、給与は変わり得るだろう。*4

個人の生産性を高めることが大事なのは100%同意だけど、その経路でもいいし、それ以外の経路もある。内部留保が年々積みあがってるなら、日本経済のために労働分配率を上げる(下げない)ことを考えようというのは、全く間違ってないと思うが、皆様いかがだろう。

私もたま(?)に批判はするけど、方向性としては間違っていない話を、言葉のあやとかで攻撃して、不毛な論争を繰り広げるのはどうかなと思う。

日本経済復活は正にラストチャンス。今の財政赤字や政府債務残を考えると、どんな政策をとっても茨の道で、楽な将来なんかありえない。テキトーな批判するだけだったら、いくらでもできる世の中が続くと思うけど、城氏のような秀才には、前向きな提言で一歩づつ世の中を良くしていって欲しいと切に願う。

*1:正確には賃金増に対して、内部留保法人税率分減りが鈍るので等価ではないけど、本質的には同じ

*2:設備投資にせよ宣伝広告費のような経費支出にせよ、もちろん経営者は財務余力やキャッシュも気にするだろうけど、一番に気にするのは利益だ(投資に関しては投資回収)。よほど財務状態が悪い企業じゃなければ、給与総額と内部留保を天秤にかけるという感覚には何の違和感もないと思う。

*3:正確には有価証券を加えた手元流動性のグラフ

*4:他にも城氏の専門で言えば、給与の下方硬直性や、新卒一括採用からの終身雇用方式とか、労働市場の非効率性と平均給与の関係というのはいろいろと複雑なことがあって、そっちでは話が合いそうだけど、ここでは省略。