クルーグマン教授の経済入門

クルーグマン先生がノーベル経済学賞*1を受賞された。

これを受けて、飯田泰之氏が大喜びしたり池田信夫氏が過去の恨みからか「経済学者の卑しい部分を代表する人物」と揶揄してみたり、続くエントリーでフォローを入れつつ現代マクロ経済学の教科書の書評にかこつけて批評してみたり、経済系ブログ界隈でも話題が豊富に出てきて面白い。


クルーグマン先生といえば、個人的には理系学生の頃から山形浩生氏の翻訳でいろいろ読ませて貰って、悪く言えば俗っぽいけど、リアル経済での幅広い分野において経済学的な考察をずばっと加えるという点で、すごくインパクトがあり大好きな経済学者・文筆家の一人だ。


で、タイムリーにもほどがあると思うのだけど、最近お風呂で読んでいた文庫本が「クルーグマン教授の経済入門」なので、finalvent氏も紹介しているが、簡単に紹介してみたい。

クルーグマン教授の経済入門 (日経ビジネス人文庫)

クルーグマン教授の経済入門 (日経ビジネス人文庫)

本書の原書は初版1990年*2、翻訳元となった第3版は1997年、山形浩生氏の翻訳本(単行本)が1998年、文庫化(本書)が2003年と記載されている内容はかなり古い。私は最近好奇心アンテナが完全に経済方面に向いているので、なんとなく本棚の奥から引っ張り出してきて読んでいたのだが、こういうモードで読むと再読ながらとても面白い。

ちなみに、手元にある文庫版の裏表紙には次の文言がある。再版ではきっと「ノーベル経済学受賞」って書き換わるんだろうな。

楽しくわかりやすいユニークな著作で知られる、ノーベル経済学賞・最有力候補、初の決定版テキスト。アメリカが抱える経済問題を素材に、舌鋒鋭く「俗説」を斬り捨てて、その成功と失敗の本質を解説。番外編「日本がはまった罠」を加え、読みやすいくだけた訳文でも話題となったベストセラーを文庫化。


で、邦訳のタイトルには「経済入門」とあるけど、普通の経済学の入門書ではけっしてない。上記引用した文章にある「決定版テキスト」というのは常識で考えればウソで、80年代から90年代半ばまでの米国経済を中心とした現実の経済を対象に、いろいろと経済学的な考察を加えるというスタイルの読み物になっている。逆に言うと、完全競争市場での需給のマッチングとかの空想的な論理モデルは一切出てこない。


今の経済情勢との対比で考えると、第4部「砂上の楼閣ファイナンス」が一番面白い。ロイズの再保険とネーム(リスクを引き受ける人)の話し。住友商事の銅取引事件(相場操縦)。LBO(借金での買収)による株価高騰。セービングス&ローン(S&L)の処理先送りと損失拡大。忘れかけの歴史を思い出させてくれるし、何よりも多少形を変えながらも歴史は繰り返すということがよく理解できる。

あと、興味深いことにクルーグマン氏の読みでは、97年から10年間の米国の経済成長率は平均で2%ちょいぐらいの成長になると予測している(p367)。そして、2011年には1946年に生まれた人が65歳になり、その後の四半世紀で生まれた膨大な人たちが引退しはじめたら、連邦予算は怒涛の赤字に突入する一方で、現実味のあるシナリオを考え付くのは難しいとの記載もある(p372)。


このノーベル経済学賞の受賞者の読みと、その後米国経済の実態の差*3がバブルであった可能性が高く、そう考えてみるとバブルの大きさがおぼろげながら掴めるような気もする。そして、この株安で資産を減らした米国のベビーブーマーが、今後世界経済にどんな影響を与えるか考えると、そっちの方が怖い気もする。


なお、山形氏の翻訳のくだけ具合は、正直言うと理解を促進するとは言いがたいけど、とっつきやすくしている面はあるかもしれない。近著の翻訳の方がいいと思うけど、ここは好き好きだろう。

ともかく、今読んでも面白いし、再読でも面白いので、経済についていろいろと考えたい人で、特に携帯しやすい文庫本を探している人にはお勧めできると思う。あとがきを含めると、434ページ。

*1:正しくはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞

*2:田中秀臣氏がベスト5の5位に挙げている「予測 90年代、アメリカ経済はどう変わるか」として日本語訳が出版されている。こちらは山形氏ではなく長谷川 慶太郎氏による翻訳

*3:実際にが経済成長率が2%ちょいを下回ったのは2001年、2002年のみ