伊藤元重教授に物申す(後編)/今本当に必要な新事業

旧聞で恐縮だが(理由は文末にちょこっと)、2月11日の産経朝刊の1面から2面にかけて、連載記事で「【静かな有事】アトムが救う少子高齢化」というタイトルの記事が載っていた。

前編につづいて、伊藤先生に物申すスタイルだが、今回はもう少し起業にからめた建設的な提言になると思う。


先に伊藤元重教授のコメント部分を下記に引用する。

 「これまで建設土木や流通、製造業の下請け企業が雇用を支えてきたが、国内需要だけ見ると、これからは雇用を支えるのは非常に難しい。海外展開する製造業と別に、国内で新たな雇用を生む産業を作っていかなくてはならない」。東大大学院の伊藤元重教授は警鐘を鳴らす。

 「国民はいま医療だけで40兆円も使っている。高齢化が進めばニーズはさらに膨らむ」。伊藤教授が逆転の発想として注目する産業のひとつが医療・介護だ。

 「役所丸抱えの社会主義的な医療・介護を、国の関与は重要だが、産業として活力が生まれるような形に作り替えることが重要だ」と続ける。産業として育てる中で生まれるノウハウや機器を輸出すれば「一石二鳥」との指摘でもある。

【静かな有事】第3部 逆転の発想 (1)アトムが救う近未来 IRTで逆境を乗り越えろ

既存事業の雇用が減る一方で高齢化が進み、医療や介護のニーズが増えるというのは異論がない。そこで、「国の関与は重要だが、産業として活力が生まれるような形に作り替える」というところは、実現できれば文句ない。

ただ、「国内で新たな雇用を生む産業を作る」とか「国の関与は重要だが、産業として活力が生まれるような形に作り替えることが重要だ」ということは短期的にはその通りだろうけど、違和感を覚えた。

日本社会の世代構成から長期的に考えると

少子化は着実に進んでいるし、22年後までの大卒人口というのは、進学率には若干左右されるものの、極めて正確に予測できる。私はドラッカーの影響を強く受けすぎている面があるかもしれないが、社会の世代構成が経済にあたえる影響は、ものすごく大きいと考えている。

国家百年の計とまではいかなくても10年後を見据えた長期視野で考えた場合、上記産経記事Web版にもグラフが掲示されている通りで、日本経済における最大の問題は、日本国内における「雇用の不足」ではなく「労働力供給の減少」が主役になるのは自明ではないだろうか。

短期的に見れば「国内で新たな雇用を生む産業を作る」ということはもちろん重要だ。ただ、長期的に見れば、医療や介護の分野で、いかに需要増を担うだけの供給を生み出す労働力を確保したり、労働生産性を高めるかということの方が、より大きな問題点になるだろう。

下記資料にもあるが、2006年時点で国内に8,442万人いた生産年齢人口(15〜64歳)は、今から20年後の2030年には6,740万人にまで約20%も縮小することがほぼ確定している。

その後も出生率次第というところはあるもの、中位推計と呼ばれるもっとも標準的な予測値で、2055年の生産年齢人口は4,595万人、2006年からの比較だと約46%の縮小となる。

冒頭の産経記事では、この労働力不足を「アトムが救う」ということで、ロボットやパワードスーツ、あと搭乗形倒立二輪車の「パーソナルモビリティー」に求めている。ここで紹介されている東大のIRT研究機構のロボットなんかは、確かに将来実現できれば素晴らしいと思うし、わくわくする夢がある話だ。

ちなみに、東大のIRT研究機構のパーソナルモビリティーと医療・介護ロボットは、昨年末の鳩山総理が無茶をぶち上げた「新成長戦略の発表」の場にも登場している。

こういう研究投資は継続して進めるべきだと思うが、ただ技術開発からの新事業創出というのが上手くいったとしても、それがマクロ経済的に良い影響が出せるのは、まだまだ先の話であり、「国内で新たな雇用を生む産業を作る」とか言っている間に、それが首尾よく実現できたとしても、その頃には労働力不足の方が顕在化する可能性は極めて高いと思う。

今本当に必要な新事業

そしてロボットが労働力不足をどれぐらい補えるか、労働生産性をどれぐらい高めてくれるかというところは、まだまだ未知数だ。お年寄りや要介護者が使いこなせたり、医療・介護従事者を支援できる汎用ロボット型デバイスを考えるよりも、もっとストレートに「単純な機械装置」の開発や、「建物も含めた介護施設」の建設・経営で生産性を高めることを考えるべきではないだろうか。


こうしたことも考えると、マクロ経済的に日本がやるべきことは明確だろう。それは、今ある余剰の労働力を、将来の労働力不足を補う形で使うことだ。

具体的には、将来に必要となる福祉施設を「建設国債」に類するもので建設すべきという話だ。今しばらくの余剰の建築物が出る期間は、少子化対策保育所として活用しつつ、将来の介護施設をバンバン作ればいいだろう。土地は新規取得すると経済効果が薄れるので、極力公立学校などの公共施設の高層化建替えなどで対応する。

そして、将来に向けて、いかに労働生産性が高い介護サービスを提供できるか「カイゼン」を繰り返しつつ、「運営方法・機械装置・建物設備」の開発を進め、競争しつつもノウハウはできる限り全国の事業者へ無償で共有するようなアプローチを取ればいいだろう。福祉施設の運営会社、機械装置の生産会社、建物設備の設計会社の起業支援もすればいい。

そして、生産性が上がれば介護福祉従者の給与が増えたり、サービス価格の低減ができるので、社会的にも大きなメリットが出るだろう。

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なお、本件で指摘対象の産経記事、伊藤先生のコメントだけを取り上げれば間違いではないが、記事全体の視点で考えると、いびつになっている。というわけで、私のこの記事のタイトルは煽りで、物を申すべき相手は産経記者ということになるかもしれない。

ただ、この産経連載記事の意義は大きく、視点も良いと思っていて、全体で見ればグッジョブだと思う。社会の年齢構成、人口推移は、一番間違いがない将来予測ができる上に、特にマクロ経済に大きな影響を与える。

経営を志すのであれば、いつまでも雇用不足で労働者が余剰だと考えていると痛い目を見るだろうし、こういう記事も読んで、人口動態はしっかりチェックをしておくべきだと思う。


P.S.
仕事で大きな変革の波に飲まれたというか、先頭に立たされたというか。結果、またネット休眠モードに入ってしまいました。ちょっと前に自分自身に向けて書いた文章が、こんなにすぐに役立つとは...。当面は余裕がないため、ネットほぼ休眠予定ですが、逆境は長期化しそうなので、たまに何か書く予定です。