美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史/西田 宗千佳

本書は、ミスタープレイステーション、元ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)社長 久夛良木(くたらぎ)健氏の半生記だ。

美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)

美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 (講談社BIZ)

久夛良木氏は厳密には起業家ではないかもしれないが、日本を代表するアントレプレナーシップに溢れる技術者・経営者であり、本書の『「起業」のために「伸び盛り」のソニーへ(p23)』という節で紹介されているが、起業家として修行をするために、「エスタブリッシュメントではなかったから」という理由で当時のソニーに入社したという考え方の持ち主だ。

私も似たような考えを持っており、入社後の久夛良木の出世していった経歴を見ると、心強くもあり、特に、この点は意欲ある若い人に勧めたいライフスタイルだと思う。


参考過去記事:http://d.hatena.ne.jp/T-norf/20080120/1201394208:Title


本書は、チーム久夛良木、すなわちソニーグループのプレイステーション部隊を中心に話が進むが、いきなり冒頭から山場をむかえる。

1991年、任天堂ソニーと提携して開発まで完了していた「ファミコン互換のCD-ROM内蔵ゲーム機」(幻のプレステーション初号機)が、発表直前に突然中止となり、出井伸之氏(当時は広報担当取締役)と久夛良木氏が、山内博社長(当時)と会談し、その場で、山内氏はこう言う。(P.17)

「ゲームビジネスは簡単なものではない。ソニーさんが手がけるなら、別のジャンルにすべきではないか」


会談の帰り道、久夛良木氏は出井氏にこうつぶやく。(P.18)

「山内さんが話して下さったことを、全部書き留めておこう。ソニーは、その逆をやって、まったく新しいゲーム機を作ればいいじゃないか」

それから3年後の1994年、久夛良木氏を中心とした大胆な戦略の元、さまざまな苦難を乗り越え、プレイステーションは発売され、SCEの快進撃が始まる様子が本書では詳細に紹介されている。本書の前半を読むと良く分かるが、久夛良木氏は極めて優秀なビジョナリー・ピープルであり、リーダであり、大胆にリスクを取って前へ進む経営者である。

ただ、広く知れ渡っている通り、PS2ではさらなる成功を収めるものの、その後PSXPSPPS3と、久夛良木氏のプロジェクトはいずれも成功とは言えない結果に終わっている。本書の後半ではPS2以後の久夛良木氏の考えや行動も記されており、Nintendo DS、またWiiに後塵を拝するに至る経緯も知ることができる。

歴史にたらればは禁物だが、彼にもう少し政治力とユーザとの対話スキルがあり、早期にソニー社長になっていれば、iPodスティーブ・ジョブスのものではなく、プレイステーションと共に久夛良木 健の功績となっていたかもしれないと思わせるものがあった。

惜しむべきは大企業病にかかっていたソニーと、出る杭を打つ日本の風土かもしれない。

この成功と失敗の物語は、特にゲームに親しんできた世代の経営者や、経営者を目指す者にとってはお勧めできる一冊だと思う。

なお、著者の西田氏は、精力的に各誌/各紙に寄稿し、またImpress AV Watchにも連載を持っているフリーライターで、AV・PC・家電全般に技術的なバックグラウンドがあり、本書はテクニカル面でも全く問題なく楽しめた。年代的にも私と同級生にあたり、小学生の終わりにファミコンが登場し、ゲームに渇望した少年時代を送った世代であり、久夛良木氏にも何度も取材した経験があるとのことで、このテーマでは最適の著者だと思う。

最後になるが、一言。
PSPPS3、本当に失敗に終わったかどうかは、まだ分からないのではないだろうか。



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http://mnishi.cocolog-nifty.com/mnishi/2008/02/post_b7b4.html
著者、西田 宗千佳氏のブログでの告知。


さあ? 未来作家クタラギの栄光と挫折 『美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史』
未来を予測するのではなく、本当に自分の手で作り出してきた漢のロマンスとの高評価も、後半、PS3開発の裏で「チーム久夛良木」に何が起きていたかを知りたいとのコメント。


http://mitaimon.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/kutaragichip.html:Title
読み始めたら一晩でした。いやあ、面白かった。ただ、ただ、タイトルは、ちょっとずるいかな?とのコメント


http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/20080223/1203721444:Title
id:otokinoki氏は、ゲーム屋であった、ちょっと昔の感情を呼び起こされる画期的な良書と高評価。


http://d.hatena.ne.jp/sskr31/20080229/p1:Title
id:sskr31氏も「理系でメーカーに就職希望の学生は全員読んだ方が良い。ものを作るのはどういうことなのか、それでお金を儲けることはどういうことなのかがよくわかる本だし、何よりおもしろい。」と高評価。


http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/c247ce456b64ea914b7ec00e83949e53:Title
池田信夫氏にかかると、スティーブ・ジョブズも「まぐれ当たり」扱い。